「……嘘」

アルトルージュの呆然とした呟きだけが廃墟と化した街に響く。

いや、そこをもはや廃墟と呼んでいいものか。

エンハウンスを中心とした半径百メートル程は白い灰が積もるだけになっている。

上空から見れば街の一角が円形に“消え去って”いるように見える筈だ。

圧倒的な熱量。それ以上に炎に秘められていた“神秘”が桁違いだったのだろう。

如何にアルトルージュと言えど今の炎渦に巻き込まれていたら無事で済んだ自信は無い。

「…………」

七夜慧。自分を庇って炎に呑み込まれた少年の姿はどこにも見当たらなかった。

あの状況からさらに自身をも避難させる事ができたとは思えない。

そこに考えが至ってもなお視線を左右に彷徨わせるのを止めない自分に、ようやくアルトルージュは己が動揺している事に気付いた。

死んだ人間を探してどうすると言うのか。そもそもアレを受ければ死体など……、

「――――っ」

喉が――引き攣る。

そう、彼は……死んだのだ。

彼自身の動機はどうあれ、自分を守ろうとした行動の結果として。

その認識は想像を遥かに上回る威力でアルトルージュの心を揺さぶった。

実の所、彼女は誰かに『死なれる』のに慣れていない。

立場上、敵は多くとも実際に直接交戦する機会は少なかった事。

彼女にとっての『仲間』と呼べる親しい者達がいずれも死徒の中においてさえ最強と謳われる程の圧倒的な能力を誇っていた事。

これらから誰かが「死んでしまうのでは」と不安に駆られる事はあっても、それが現実になった事は無かったのだ。

無論本人にそんな理屈がわかる筈も無い。

だからこそ出会って間もないとは言え興味を持ちつつあった相手の死によってもたらされた動揺。

そして自分が動揺しているという事自体に対する衝撃は相乗効果を生んで、アルトルージュを呑み込んだ。

故に――反応が遅れた。

アルトルージュがその絶望的なまでの“力”に気付いて顔を上げた時、炎弾は既に彼女の目前に迫っていた。

 

 

 

永月譚〜月姫〜序章‐第七話

 

 

 

(――躱せない!)

炎の速度はかなり速い。

仮に五体満足でもこの状態から躱せたかどうか。

増してや片足を失っている現在の自分では回避は不可能。

即座に判断し、アルトルージュは地面に両の手を押し当てた。

――きゅぼ!

一瞬にしてアルトルージュの座していた地面が刳り貫かれたように消失する。

空洞に空気の流れ込む音を聞きながら、アルトルージュは自然の摂理として穴の中に落下した。

 

アルトルージュの固有能力は触れたモノを創り変える事。即ち『分解』と『再構成』だ。

だがその工程を『分解』で止めたならば、それはナニモノも抗えぬ絶対的な『破壊』の力となる。

巧く使えば今のように瞬時に大穴を生み出す事も容易い。

 

彼女が穴の底に到達するのとほぼ同時、頭上を炎が薙ぎ払っていくのが見えた。

離れていても肌がチリチリ灼ける程の熱量とそこに宿る凄まじいまでの“神秘”に、感じる熱さにも関わらずアルトルージュの背を冷たい汗が流れる。

否、怖気づいている場合ではない。

咄嗟の判断で一撃目は躱す事に成功したが、言い換えればただそれだけ。エンハウンスという危機の根源は健在なのだ。

……むしろ逃げ場が無くなってしまったという意味では状況が悪化している気がする。

「むむむ……」

とにかく片足なのがよろしくない。

無くなったのが腕ならまだどうとでもなるのだが、移動手段となる足が無くては逃げるにも戦うにも不便極まりない。

できれば足を再生させたい所だが、慧の言葉を信じるならば数日の間は不可能らしい。

現に『復元呪詛』も働いていないので嘘では無いだろう。この場での再生は諦めるしかない。

ならば何か他の手段は無いだろうか。

何も足の再生に拘る必要は無い。要は足に代わる何らかの移動手段があればいいのだ。例えば空を飛ぶとか。

(空、か……)

重力制御の魔術で体重を軽くすれば片足でも動き回れるかも知れないが、それでは逆に空中での動きが遅くなる。

一度跳べば地面に着く前に狙い撃ちにされるだろう。

空中浮遊は最高難易度に位置する魔術だ。行使中は常に術を制御していなくてはならないので戦闘には向いていない。

そもそもヒトは道具を使って飛ぶ事はできても、自身が飛べるようにはできていないので魔術での再現は難し、い…………待った。

そう……人間−自分は死徒だが肉体構造的には同じようなものだ−は飛べるようにはできていない。

ならば――飛べるようにすればいいだけの話。自分はその為の手段を持っている。

そうして、アルトルージュは自分の身体を掻き抱いた。

 

 

エンハウンスは無言で自分が生み出した破壊跡を睥睨していた。

その容貌は先程からと一変している。

額には捻れた二本の角。衣服がそのまま表皮となったかのような血の色の身体は明らかに一回り大きくなっている。

『復元呪詛』は働かない筈なのに胸と脇腹の傷は完全に塞がっていた。

真新しい肉が盛り上がっているところを見ると肉体変化の影響で瞬間的に自然治癒力が増大したと見える。

魔剣本体はエンハウンスの右腕と完全に融合していた。

そして放ったのと同じ炎が全身を覆い――その身体を絶えず灼いている。

それはまともな神経の持ち主ならば思わず眼を背けたくなる光景だった。

本来主を護る為にあるだろう炎の鎧が主自身を灼き、そして強力な再生力によりその火傷は急速に癒えていく。それの繰り返しだ。

当然想像を絶する激痛がエンハウンスを苛んでいる。だが当の本人はそんなもの気にも止めていなかった。

もうすぐだ。あと少しでアルトルージュ・ブリュンスタッドを、自分の運命を狂わせたバケモノ共の象徴の一つをこの世から抹消できる。

復讐に対する執念、それが成されんとしている愉悦が彼に痛みすら忘れさせている。恐るべき精神力と言えよう。

何より彼を愉快にしていたのは現在のアルトルージュの状態だった。

彼の一撃を躱した機転はなかなかのものだったが、よりによって穴を作ってそこに落下するとは。

もはや彼女に逃げ場など有りはしない。正に墓穴を掘ったと言うヤツだ。

生ける屍たる死徒が自分の掘った穴で死ぬ。なかなか気が効いているではないか。

さて、とエンハウンスはアルトルージュの潜む穴を改めて見やった。

変身の影響で増した凶暴性がこのまま弄り殺せと訴えたが、彼の戦士としての部分が却下した。

アルトルージュは決して無力でも無能でも無い事はこれまでの戦闘でわかっている。油断すれば間違いなく喉元に食い付かれよう。

このまま近付かずに仕留めるのが最も賢いやり方に思えた。

腕と一体になった魔剣を穴の方に向ける。その剣先に炎が集まりだした。

先程までのように力任せに薙ぎ払う為のものではなく、確実に目標を射殺す為に凝縮した炎の矢だ。

それを放とうとした矢先――

「なっ!?」

弾!という音と共にアルトルージュが穴から跳び出して来た。

少女の姿とて死徒。その身体能力を以ってすれば片足でも穴の底から跳躍するくらい容易いだろう。

だがエンハウンスが驚愕したのはそんな事ではない。

信じがたい事にアルトルージュの背には丁度虫のような翅が生えていたのだ。

それはアルトルージュの容姿と相まってまるで妖精めいた美しさを見る者に与える。

だがそれがただ綺麗なだけの飾りで無い事は空中に静止したアルトルージュの姿が証明していた。

元より飛ぶ事に関しては鳥などの翼より虫の翅の方が効率がよい。アルトルージュ程度の体躯、浮いても何ら不思議はない。

しかし一体どうやって翅を生み出したと言うのか。

死徒の中には別の生き物を取り込む事でその生き物を使い魔とする者もいるが、本人がそれを生やす等聞いた事が無い。

肉体変化が固有能力ならわからなくもないが、アルトルージュの固有能力は既に判明して……

「まさか……」

創り変えたと言うのか? 自分の身体そのものを?

随分な無茶をする。肉体に新たな機能を取り付けるなど、最悪傷害が残るだけで失敗する可能性の方が高かったに違いない。

それを実行し、尚且つ成功させるとは大した決断力と実力、そして幸運だ。

(――だが)

アルトルージュに称賛を送りながら、それでもそれが悪足掻きに過ぎない事をエンハウンスは見抜いていた。

ふらふらと滞空するその姿は如何にも頼りない。

仮に翅を創る事に成功したとしても、それは今まで無かった機能なのだ。

そんなモノをいきなり思うように動かせる訳が無い。飛ぶだけで精一杯……と言うより、飛べた事自体が奇蹟だろう。

おそらく回避能力など皆無に等しい。エンハウンスの炎を躱すなど不可能だ。

故にエンハウンスの行動に変更は無い。それどころかこれ以上奇策を思い付かれる前にトドメを刺すべきだと彼の勘が告げている。

彼は集中させた炎を保ったままの魔剣を振り上げ、意識の照準を空中のアルトルージュに定めた。

後は全力で振り下ろすのみ。

「よく頑張ったが……ここまでだな。終わりだ!」

「お前がな」

背後からの声と共に軽い衝撃。

茫然と見下ろした自分の胸からは鋭い刀の切っ先が生えていた。

 

 

 


 

 

後書き

これにて序章終了……の予定でした当初は。

ところが色々変更した結果、今後の展開も一部変更になったのでもう何話か続く事になりそうです。

くそう、主人公が七夜だけに序章は七話ですんでキリがいいね♪とか思ってたのに〜。

ちなみに今回更新伸びた割にちと短いのは、書き直している内にかなり長くなったのでキリのいい所でぶった切った為です。アシカラズ。

 

今回だいぶ更新が遅れてしまって申し訳ありませんでした。

一度全部書き直したのに加えて、少々リアルが忙しくなってきたものでして。

これからも更新の速度低下&不定期化は避けられないであろう事をここでお詫びしておきます。

それでもなるだけ更新休止にはならないように努めるので、どうか見捨てないでやって下さいませ。

 

アルトルージュの能力を肉体変化(と言うか肉体機能追加)に転用するのは能力を設定した当時から考えていた案でした。

どこで出すか悩んでいたのですが、ちょうど出せる展開になったので出しちまえとw(←行き当たりバッタリなのを暴露してますこの馬鹿

その内某天〇飯の如く腕が四本になります!(大嘘

 

それでは今回はこのあたりにて失礼。

 

 

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