もはや動く者も途絶えた街に銃声が響いた。

吐き出されるは強力な散弾。本来猛獣相手に用いられるそれは如何に鍛えていようとヒト一人、容易くズタズタに千切り殺そう。

だが所詮は銃弾。直線的にしか攻撃できない弾丸を躱すにはその射線上から退避するだけでいい。

よかろう。エンハウンスは思う。躱すなら躱せ。ただしその場合、散弾の洗礼を受けるのは動けないアルトルージュ・ブリュンスタッドだ。

二十七祖の九位に位置する彼女は『聖典』でもない武器では滅ぶまい。だが概念武装である以上、それで付いた傷が簡単に癒せないものになる事も間違いない。

それならそれでいい。死ぬか、守ろうとしたものを傷付けて己の安全を図るかだ。どちらにしてもその程度と嘲笑ってやろう。

慧の選択を見届けるべくエンハウンスは彼を見詰め、そして数瞬後にはその眼が驚愕に見開かれた。

 

迫り来る散弾に対して慧の行動は迅速だった。

いや迅速程度では音速に迫る速さの銃弾には対応できない。

エンハウンスがトリガーにかけた指に力を籠めるのと、慧が腰の刀を引き抜くは果たしてどちらが速かったか。

その淀みの無い動きはあたかも未来を垣間見たかのようだ。

抜かれた刀が描くは円の動き。

慧の眼前で形成された刀輪の盾は銃弾と触れ合って琴楽器めいた玲音を奏でる。

それが止んだ時、水平に静止した刀身の上には十数の小さな塊が並んでいた。

それは七夜慧の肉体を破砕せんと射ち出された散弾だ。

彼は刀で銃弾を弾いたのではない。

衝撃を受け流され、勢いを受け殺された銃弾は全て彼の刀に絡め獲られていた。

一体どれ程の技量を以ってすればそれが可能になるのか。想像すらできないそれは正に神業と呼ぶに相応しい。

驚嘆するエンハウンスにそれを誇るでもなく、今度は慧が刀を振るった。

エンハウンスの一撃が暴風なら、慧の一刀は閃光だろう。

しかし慧とエンハウンスの間合いは離れている。如何に彼の剣腕が優れていようが間合いの外から斬るようなマネができる筈もない。

だから慧にエンハウンスを“斬る”つもりなど毛頭無かった。

エンハウンスを襲ったのは十数発の散弾だ。

刀身で沈黙していたそれらは慧の一閃に加速を与えられ、本物の銃に匹敵する速度で放たれた。

だが七夜慧が人間離れした技の持ち主なら、エンハウンスもまた人間以上の力を持つ者だ。

彼の死徒の視力は飛来する弾丸を正確に捉え、

――轟!

 魔剣の一振りがその大部分を弾き、残りも剣圧によってあらぬ方へ向きを変えられる。

 エンハウンスの周囲や背後に着弾の音と火花が鳴り咲いた。

「いい号砲だ。では殺し合おうか復讐騎」

その言葉と同時に、慧は姿を消した。

 

 

 

 永月譚〜月姫〜序章‐第六話

 

 

 

(――消えた、だと?)

慌てて気配を探るも少し離れた所にいるアルトルージュの気配しか感じられなかった。

周囲を見回す。なんて無様。敵を見付けるのに視覚に頼る等と言う素人のような真似をしなくてはいけないとは。

だが見当たらない。

何かしらの能力か魔術を使用したのか、と言う考えが脳裏をよぎったが即座に打ち捨てた。

慧は自分の目の前にいたのだ。仮にそう言った異能によるものであれば、どんなものであれその予兆を感じる事くらいはできる筈だ。

つまるところ――七夜慧は純粋な体術のみでこちらの知覚を振り切ったのだ。

――――戦慄(ゾッ)!!!

瞬時に奔った閃きの命じるままに剣を盾のように左後方に翳す。

琴!、という快音と共に衝撃。何かを受け止める。

視線を巡らせたそこに……七夜慧がいた。

変わらぬ無表情には不意打ちの形となった筈の自分の攻撃が防がれた事に対する動揺は見受けられない。

いやむしろそれを面白がっているような色が、僅かながら眼に浮かんでいた。

「貴様……」

受け止めた剣に力を籠めて薙ぎ払う。

さすがに力比べをするつもりは無いのか。特に逆らう気配もなく、慧はエンハウンスの斬撃に流されるままに後ろへ退いた。

二人は数メートルの距離を置いて再び向き合った。

「一瞬で俺の認識外へ移動した上に、無殺気の攻撃とはな。貴様本当に人間か?」

「それを防いでおいてよく言う。死徒にしては大した危険察知だな」

感情の篭もらない声で答える慧は目の前にいるにも関わらず気配を全く感じさせない。

その様にエンハウンスは己の認識が甘かった事を自覚した。

彼はその立場上様々な人間を相手に戦った事もある。如何に死徒殲滅を掲げていようと彼自身も死徒の端くれである事に変わりは無いのだ。

その有用性から聖堂教会のような大きな組織はエンハウンスを野放しにしているが、逆に名を売りたい小さな組織やフリーの退魔にとって彼は格好の獲物だ。

そういった人間の中には魔術や秘術を駆使する事で人間の限界を超えた動きをしてみせる者もいた。

しかしこと瞬発力に限れば、何の補助も受けていないにも関わらず七夜慧はそれらを上回っている。

加えて慧は攻撃の瞬間にすら一切の殺気を感じさせなかった。今の攻撃を防ぐ事ができたのは偏にエンハウンスの『戦士の勘』に依るモノだ。次も同じ攻撃をされた場合、今と同様に防ぎ切れるという保証はどこにも無い。

「チッ」

舌打ち一つ。エンハウンスは慧に斬り掛かった。

少なくとも慧を攻勢に回して自分に益は無さそうだ。何より近距離での打ち合いになれば相手のデタラメな機動力もほとんど問題にならない。

肩口の辺りに打ち込まれた魔剣に慧は軽く刀を添える。

それだけで、あっさりと剣の軌道が変えられる。

抗えない。大して力を籠めたように見えないのに、まるで万力で押されたかのように狙った場所から逸らされていく。

刀身に従って流された剣はそのまま慧の横の空間を切り裂き、鋭角に跳ね上がった刀がエンハウンスを薙ぎ払った。

――琴!

寸前。受け流された剣が力任せに引き戻され、刀を下から撥ね上げた。

慧は逆らわない。むしろ弾かれた勢いすら利用して鋭さを増した刀が再度エンハウンスを襲う。

踏み込もうとした足を止めて、エンハウンスは上体を反らせた。

その首皮一枚を斬り裂いて慧の剣閃が奔る。

一瞬の空隙、エンハウンスは今の一撃を返すように慧の首を薙いだ。

慧は止まらない。斬撃の流れに逆らわず、円の動きを保ったまま姿勢だけを下げる。

彼の頭上を大剣が通り過ぎると同時に放たれた足払いがエンハウンスの足元を刈っていた。

崩れる体勢。今度は下方より掬うような斬り上げを、エンハウンスは後方に倒れ込むように回避する。

否。完全に倒れる寸前に彼は強く地面を蹴った。上がる足の軌道上には慧の頭部がある。

踏み込んでいた慧にしてみれば、それは視界の外から突然襲い来る高速の鉄塊だ。

だが彼は躱した。大きく下がるのではなく、まるでそれが見えているかのようなギリギリの見切り。

慧の鼻先を掠めるバク転の後、顔を上げたエンハウンスの目前には既に刃の切っ先が迫っていた。

体勢も整わぬまま、咄嗟にそれを剣で逸らす。鋼同士が擦れる火花が照らす中、両者の間合いが零になる。

互いに空いた左手に、慧はどこから取り出したのか小さな刃を、そしてエンハウンスは瞬時に伸びた爪を携え、相手に叩き付けた。

「――ッ!」

それは両者の間で激突。膂力の差は如何ともし難いのか、呻きと共に弾かれたのは慧だ。

開けたその胸に、今度こそエンハウンスの爪が伸びる。あわや貫かれると思われたその寸前、突如慧の身体が右に移動した。

「!?」

この状況で回避行動など取れる筈が無い。

そう理性が訴えると同時、刀を抑えたままの剣にかかる力にエンハウンスはそのトリックに気付いた。

通常の回避が不可能と判断した慧は、抑えられた刀をさらに横に振るう事で身体を“ズラした”のだ。

超人的な反応と自分の身体すら振り回せるだけの身体能力。そして何より瞬間的な発想力を併せ持ってはじめて可能な妙技だ。

(――しまった!)

距離が開けば慧が再びあの奇怪な隠行術を使ってくるだろう。

間合いが開いてしまった事にエンハウンスは臍を噛んだ。

そしてその危惧通り、慧がエンハウンスの知覚から消失する。

「――――――」

わからない。七夜慧の位置が。

そこにいるのは間違いないのに、その存在を感じる事ができないのだ。それは何という異様か。

――ザッ!

研ぎ澄ました感覚に微かな音が飛び込んでくる。方向は右斜め後ろ。

「シッ!!!

すかさず斬撃を飛ばす。多少距離や方向がズレても構わないように大きく薙ぎ払う軌道だ。

手応えは――無い。

戦慄するエンハウンスの視界の端、一瞬倒れているのかと思ってしまう程低い姿勢で、それでも一切の音を立てずに疾走する慧が掠めた。

その姿は例えるなら凶つ蜘蛛。敵の悪夢めいた動きにエンハウンスは自分が嵌められた事に今さらながら気付いた。

エンハウンスの直感は侮れない。姿を隠したまま攻撃したとして、初撃と同様に防がれるかもしれない。

ならばどうするか。答えは簡単だ。勘でも何でも防がれる可能性があるのなら、例え来るのがわかっていても躱せない状況を作ればいい。

それ故に慧は本来立つ筈の無い音を立ててエンハウンスの攻撃を誘い、感覚を研ぎ澄ませていたエンハウンスはまんまとその罠に乗ってしまったと言う訳だ。

来る。今度こそ七夜慧は必殺の一撃を放ってくるだろう。先程と違いそれがわかっているのに、既に剣を振り切った自分に回避行動を取る余裕は無い。

慧が人間離れした速さで駆ける。路はがら空きとなっているエンハウンスの左脇下。駆け抜けながら腹を薙ぎ払う。

だが――今度はエンハウンスが常識外の動きを披露する番だった。

慧の刀がエンハウンスを切り裂く刹那、エンハウンスの身体からフッと力が抜けて右に流れた。

渾身の力で振り回した魔剣。その重量と勢いに敢えて逆らわない事で回避に利用したのだ。

それでも完全な回避には程遠い。慧の一閃は決して浅いと言えない深さでエンハウンスの脇腹を抉った。

盛大に鮮血が溢れ、その欠損を激痛が満たした。

だが止まる訳にはいかない。この相手の前でその選択は首を刎ねてくれと言っているに等しい。

強引に振り向くと既に慧が再攻撃を行おうと振り被っている所だった。

全く呆れてしまう。先程あれだけの勢いでこちらの横を駆け抜けておいて、もう次の動作に入っているとは。

こいつには物理法則が働いていないのか。頭ではそんな益体も無い事を考えながら、身体の方は既に動いていた。

斬り降ろしてくる慧の刀を力任せに下から弾き返す。

不利すぎるタイミングからそれでも対応が間に合ったのは先の攻防が終わった際の体勢がよかったからだ。

先程エンハウンスは右に回転しながら剣を振るい、その勢いのまま身体を流した。

振り返る時も回転の勢いを殺す余裕は無かったのでそのまま右から振り向いた。

その結果、慧と相対した時には既に剣を左腰の辺りに引いている状態となっていたのだ。

攻撃準備の動作がいらなかった分、その一撃には充分な力を籠められる。

互いの刃がぶつかり合い、そして弾かれた刀が慧の手を離れて宙を舞った。だが――

(!?)

手応えが軽すぎる。その事実にエンハウンスは慧が自ら武器を手放したのだと悟った。

正面から激突する形になってしまった時には既にこの判断を下していたのだろう。既に力を抜きはじめていた分、彼は迅速に次手を打てる。

そこに思い至った時にはもう遅かった。力を籠めた一撃は止まらず、魔剣は振り上げられる。刃の先に慧の姿は無く、

「蹴り穿つ!」

その声が耳に届くのと身体が“垂直”に浮かされるのはどちらが先だったか。

腹部の衝撃に下を向かされたエンハウンスの視界には、蹴りの反動を利用して逸早く地上に降り立つ慧の姿が映っていた。

極限状態ゆえか、スローモーションのように景色が流れる中でこちらに背を向けて着地した慧がゆっくりと―実際にはかなりの速さだろうが―振り返る。

振り向きながら彼は右手を横に伸ばし、そこに落下してきた刀が収まった。

回転の勢いを殺さず、流れのまま慧の腕が伸ばされ――放たれた刺突は適確に硬直したまま落下したエンハウンスの心臓を貫いた。

「ガ……」

エンハウンスの口の端から鮮血が一筋流れる。

胸から生えた刃を掴もうと震える手を伸ばす――が、それより速く慧は貫いた刀をさらに捻り、押し込んだ。

――ゴボリ

血塊が吐き出される。

エンハウンスの身体から力が抜けたのを見て取って、慧は無造作に刀を引き抜いた。

支えを失ったエンハウンスの痩身が糸の切れた人形のように倒れていく。

彼の身体がドスン、と重々しい音を立てるのと、その手から魔剣が零れ落ち、地面に突き刺さるのはほぼ同時だった。

それを見届けながら慧は一言も発さなかった。

しばしエンハウンスの肉体を見下ろしていたが、やがて興味を失ったのかクルリと踵を返した。

 

 

拙い。

全身から抜けていく力にエンハウンスは焦りを覚えていた。

本来死徒にとって心臓が潰された程度、どうと言う事は無い。

だが彼にとってそれは無視できない問題だった。心臓の損傷に死徒としての部分は耐えれても、半分残ったヒトとしての部分へのダメージは相当なモノだ。

一体どんな仕掛けが施されていたのか、何より拙いのは慧から受けた傷には『復元呪詛』が全く働かないという事だ。

概念武装でも何でもない武器の攻撃など、受けた所で如何程もあるまいと高を括ったのが失敗だった。

だが――まだ死んだ訳ではない。

身体はまだ動かすことができる。魔剣を失おうと、自分にはまだ強靭な肉体がある。何より――心はまだ折れていない。

そう、この身は復讐騎。如何なる傷を負おうと吸血鬼を前に退くなど、自分の矜持が許さない。

重い目蓋を開くと歩み去る慧の背中が見えた。

右手に刀を携えたその姿はこちらに注意を向けている様子は窺えない。

飛び起き、一息にその背を貫くのに一秒とかかるまい。

殺した後、その血を以って回復させてもらうとしよう。血を吸う事への嫌悪は消せないが、今はそれしかない。

『復元呪詛』が無くても死徒の生命力と回復力は並ではない。七夜慧ほどの人間の生き血ならさぞ強力な栄養源となってくれるだろう。

片足を失い、動く事もできないアルトルージュなど、その後でどうとでもなる。

だから今は七夜慧を殺す事だけを考えろ。

残った力を掻き集める。とりあえずは足と、腕一本が動けばそれで事足りる。

――――!!!!!

身体が、跳ねる。

だがそれは彼の意思ではなく、

「な……に……」

今一度、胸部をナニカに貫かれた衝撃によるものだった。

見開かれた眼に自分を地面に縫い付けている魔剣と、傍らに立つ慧の顔が映る。

何時からそうだったのか、こちらを見詰めるその瞳は一点の曇りも無い蒼天を凝縮したかのような色に変わっている。

はるか高みから全てを見通す、地上のモノには決して辿り着けぬ空の色だ。

その色を最後に、エンハウンスの意識は今度こそ闇に沈んでいった。

 

「…………」

エンハウンスの身体から間違いなく“力”が消え去ったのを確認して慧はその蒼眸を伏せた。

『天眼』――それが彼の眼に付けられた名だ。

あらゆるものを見通す超自然的な知覚能力を指す名を与えられた眼は正にその通りの力を宿していた。

蒼く変色している彼の眼には本来見えない様々なモノが映っている。

肉眼では捉える事ができない空気の流れや、直視できないモノの内部、対峙している相手の肉体の微細な動き。

そして肉眼では見えない魔力を始めとする“神秘”に属する力の流動。

種類を問わず、これら“そこに在る”情報の全てを瞬時に取り込み把握する力。

同時に視る事でモノの存在を捉え、そこに干渉する事も可能となる力。

これらを駆使すれば死体を動かしている死徒の“力”を読み取りそれを断ち切り、刀一本で『死者』達を斬殺する事も、

また倒れた敵の余力を見切り、その機先を制する事も可能になる。

“視る”事を究極した眼こそが七夜慧の持つ超能力だった。

 

「…………信じられない」

唖然とアルトルージュは呟いた。

七夜慧は魔術を駆使する魔術師でも無ければ、教会の秘術を行使する代行者でも無い。

よもや只の人間が死徒を……それも二十七祖の一角を撃破するとは。

だが鞘に納めた刀を左手にぶら下げ、気だるげに歩いてくるその姿は確かにそれだけの事を成し遂げる人物に、

「……見えないわねぇ」

「君、何か失礼な事考えてない?」

訝しげな慧に「そんな事無いわよ?」と笑顔で応えてやった。……それはただ慧の疑いを強めただけに終わったようだが。

しばし半眼−普段の眠そうな眼と大差無い気もする−でアルトルージュを睨んでいた慧だが、ふっと溜息を付くと

「まぁ、いい。それで、君の迎えはどこだ?」

「え?」

「迎えだよ。まさか死徒の姫君がここまで徒歩で来た訳でもないだろう。近くに車か何かが待っているんじゃないか?」

「え、ええ。近くの森に待機させてあるけど」

「なら送ろう。その足でそこまで行くのはそれなりに骨だろう」

そう言って慧はアルトルージュに歩み寄った。

……ちょっと待て。どうするつもりだコイツは。

アルトルージュの脳裏をふと嫌な予感がよぎった。

百歩譲って抱き上げられたり、背負われるのはよしとしよう。かなり恥ずかしいがまだ我慢できる。

だがしかし、

アルトルージュは近付いてくる慧の何にも考えていなさそうな顔を見た。

コイツは絶対その程度では収まらない。ただの勘だがわかる。おそらく泣きたくなるくらいロクでもない運び方をしてくれる。

「ね……ねぇ、七夜慧? 一応確認しておきたいのだけど……具体的にどういった送り方をしてくれるのかしら?」

「? 肩に担ぐだけだが」

「全力でお断りします」

アルトルージュはキッパリと言い放った。

「……君、やっぱり我侭だね」

「いいえ、今回は譲れないわ! どこの世界に肩に担いで運ばれる姫がいるのよ!」

「拉致られた時とか結構されてると思う」

「………………貴方私を拉致するつもりなの?」

アルトルージュは思わず頭を抑え

 

――――――――!!!!! ――――――――

 

「「――!?――」」

大気が震えた。

濃密な魔力が物理的な影響力すら持って嵐のように荒れ狂う。

その発生源は―

「エンハウンス!?」

魔剣に貫かれたまま横たわるエンハウンス。

魔力の渦は間違いなく彼から放たれていた。――否、正確にはその魔剣からか。

(いけない!)

何だかわからない。だがそれでもこのままでは危険だと直感した。

「慧! エンハウンスからあの剣を取り上げて!」

 既に同じ結論に達していたのか、アルトルージュの叫びより速く慧は駆け出していた。

 本当に人間かと疑いたくなるような神速。五十メートル程の距離を零にするのに費やしたのはほんの二秒あまりだ。

 だが――今この場において、二秒の時間は致命的な遅れであった。

 抜刀しようとした慧の目前で火柱が上がる。

 この場で火山が噴火したのかのような業火には息が詰まる程の圧倒的な“神秘”が秘められていた。

その熱量に瞬時に膨張した空気が衝撃波となって吹き抜けた。

「ぐ……」

慧は数十メートル程を押し戻される。咄嗟に後方に跳んで衝撃を殺していなければ、今ので死んでいたかもしれない。

アルトルージュも伏せるのが一瞬遅ければさらに吹き飛ばされていただろう。

吹き荒ぶ猛風の中、辛うじて眼を開け見据える二人の視線の先、

逆巻く業火の中心に―

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーー!!!」

一体の『悪魔』がいた。

咆哮と共に常人ならそれだけで命を奪われそうな殺気が辺りに満ちる。

「エンハウンス……なの?」

震えるアルトルージュの声に反応したように今や“炎の魔人”と化したエンハウンスは頭を巡らせた。

――拙い

その仕草を見詰める慧の背筋を戦慄が奔り抜けた。

拙い。何かわからないが、拙い。

その衝動に押されるままに慧は駆け出した。蹲ったままのアルトルージュに向かって。

「え?」

エンハウンスに眼を奪われたまま呆然としていたアルトルージュに構わず、慧はその身体を蹴り上げた。

柔らかい横腹に、足の脛を当てて拾い上げるような蹴り。きゃ、と言う悲鳴と共にアルトルージュの小さな身体は軽々と宙に飛んだ。

幾つかの瓦礫を超え、アルトルージュが何とか受身を取って着地するのと同時、白光と衝撃があたりを満たした。

「――――――――」

世界から音が消える。先程の比ではない暴風にアルトルージュも瓦礫の影で身を縮める事しかできない。

そして嵐が過ぎ去った時、

 アルトルージュの位置から数メートル前方、エンハウンスを中心とした半径百メートル一帯には白い灰しか残っていなかった。

 

 

 


 

後書き

接近戦、特に斬り合いの描写ってむずい……。

身も蓋も無く言うと『斬った。受けた。躱した』の繰り返しなので行動にバリエーションが少なく、ある意味筆者の表現力が試されるシーンと思えます。

私の能力は上に示す通り……と(笑。

 

慧は刀使いなので某悪魔兄貴の影響強し。

ダ○テモデルのエンハウンスと戦わせるとかなりそんな感じになっちゃってどーよ?って感じです(ドンナダヨ。

慧の能力『天眼』は七夜において最も出現頻度が高いという浄眼の力を極限まで高めたら……というコンセプトで設定しました。

 

エンハウンスの最後のアレは明らかにアレですね(笑。

でもまぁエンハウンス→ダ○テ→魔人化と直結決定ではないので念の為。

 

 

<< BACK INDEX NEXT >>